1982年当時、イギリスで絶大な人気を誇っていたジャムが解散するということで、
FMラジオでは、盛んに特集を組んでは、ジャムの曲を流していた。
「ジャムって、そんなに有名なのか?」
「どんな曲がある?」
学校では、仲間うちでそんな会話をよくしていた。そして誰もがジャムというアーティストをよく知らなかった。無理もない。
僕らの仲間うちでは、「洋楽=ヒットチャート=『ビルボード』or『Radio & Records』or『Cash Box』」のような感じだったので、アメリカのヒットチャートに入ってこなければ、認知されない曲になってしまう。
事実、母国イギリスでは絶大な人気のあったジャムのようだが、全米チャートではほとんどチャートインしていない。
「全米チャートにランクイン出来なかったんだから、大したこと無いんじゃないの?」
みんながみんな、そんな思いだった。
「良いかどうかわからないけれど、とにかく曲を聴いてみよう。」そんな感じで、とりあえず曲を聴くてみた。
期待は良い意味で裏切られた。特にスピード感溢れるドラムスは、非常に心地よく今までに無いサウンドで、結構、お気に入りとなっていった。特に気に入った曲は、「悪意という名の町(A Town Called Malice)」だった。
ジャムというバンドを知り、曲を聴いて気に入った私は、「どうして人気絶好な時に解散するのか?」という疑問が必然的に湧いた。「人気なバンドによくある、仲間割れか?」等と想像しながら。。。
ジャム解散の翌年、ポール・ウェラーはスタイル・カウンシルというバンドを結成し、音楽活動を再開させる。
「ジャムと似た曲を出しているんだろうな」と想像していた私だが、予想に反して、全く音楽性の違う曲となっており、ポール・ウェラーの才能に「凄いな。」と思った。
正直、ジャムよりスタイル・カウンシルの曲の方が好きだ。特に好きだったのは、「You're The Best Thing」だ。
最後に余談だが、高校生の時に佐野元春さんの曲をよく聴いていた。その佐野元春さんの曲に「YOUNG BLOODS」という曲があり、この曲を初めて聴いた時、何故か妙に「懐かしいな。」と感じた。実は、この曲はスタイル・カウンシルのサウンドそのものだったのだ(盗作という意味ではない。)。これは偶然なのか良く判っていないが、天才と呼ばれていた佐野元春さんに、ポール・ウェラーは影響を与えていたのかと、勝手にそう思っている。

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